引退ブログー染矢陽日葵

お世話になっております。

九州大学ヨット部前遠征計画部長の染矢陽日葵です。

 

11/4をもって、現役を引退したためこの場を借りて引退の挨拶をさせていただきます。長くなっていますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

 

ヨット部として過ごした4年間は長くて濃ゆくて密でとても幸せでした。今思い返せば本当に贅沢だったなと思います。引退して週末にハーバー行くことが無くなった今、色々なことが当たり前ではないことに気付くことができました。

 

朝7:30に集合して部活を始めることも、KIDに乗って海上運営することも、食当を作っておいしいと言ってもらえることも、大会でビブスを着た選手の出艇を行ってらっしゃいと言って見送ることも、先輩や同期・後輩とたわいもない話をすることも、「押忍」と言ってもらえることも、時には人と言い合うことも、全てが当たり前でなく、ヨット部にいたからこそ味わえたものでした。

 

インカレの最終日、私はスナイプの支援艇に乗っていました。風がなく、レースがあるか不安な中でもスナイプのみんなはいつも通りリラックスして海上でゆっくりしていて、最後のレースという雰囲気はなく、まだ明日も海上にいるんじゃないかと思うくらいでした。それでも少し風が入って最終レースは始まり、いつも通り回航電話を陸にかけて、頑張れ、1艇でも抜かせと願いながら、フィニッシュを迎えました。英心がフィニッシュした後、「明日から何すればいいんだろう」と言いながら支援艇に近づいて来たので、なんやねんそれと突っ込みたくもなりましたが、私も明日から何しようという気持ちでいっぱいになりました。もっと海に出たい、もっとレスキューに乗りたい、もっとみんなといたい、もっとヨット部として活動したいという気持ちがあふれてきました。こう思う気持ちが湧き出てきたのははなんらか不完燃焼で終わっているからかなと思います。後悔せずに終わりたいとインカレ前の最後のブログで書きましたが、後悔はやはり残ってしまいました。

 

結果としては数字を見ればわかる通り、目標に遥か遠く、順位も1桁にすらならず、4年生として後輩に見せる背中がないです。もっといい順位を見せてあげたかった、これが正直なインカレの順位の感想です。私は選手ではないからすべてをわかるだけではないけど、あれだけ練習したのに、トレーニングもしたのに、なんでという気持ちでいっぱいでした。

でも、やれることを全てやった結果がこれであれば、それが九大ヨット部の今の現状であり、覆しようのない事実でありました。今の現状にしっかりと目を向けることが今するべきことだと思います。

来年のインカレに向けて始動している98代のみんな、心の底から応援しています。

 

部活をしていると、選手、マネージャー、学年、役職問わず色々な壁にぶち当たって砕けそうになることもあると思います。なんで自分はヨット部にいるんだろう、何のために活動しているのだろう、何を目標として自分は部活にいるのだろう、こんなことをしてても意味あるのか。私も色々な感情にぶち当たりました。引退挨拶でも言いましたが、どんな時でもどんな感情になっても自分を見失いそうになっても、今自分ができることを精一杯することを大事にしてこれからも後輩には活動してほしいと思います。

4年という時間はとても短いです。冒頭には長いと書きましたが、活動している間は長く、今活動している後輩にとってもとても長く感じてくるものとなると思います。でも、ヨット部として活動できるのは今しかないです。新2・3・4年生はあと3年・2年・1年したら何が何でもヨット部としての自分は終わりを迎えます。その時にどういう自分でいたいか、想像してみてください。そうすることで今何をするべきかが見えてくるはずです。後悔のない自分たちのインカレにするために、ぜひ目の前のことを死に物狂いでやってみてください。

 

あとは単純に自分の好きなことを忘れないでほしいなと思います。なんでこの部活に入ったのか、理由は様々でいいです。ヨットが楽しいと思ったから、かっこいい雰囲気にあこがれたから、みんな仲がよかったから、レスキューの運転が楽しかったから、自分が単純に好きなことを忘れずに楽しむ気持ちを忘れずに活動してほしいと思います。

 

最後にはなりますが、お世話になった方々にこの場をお借りして御礼を申し上げます。

 

監督・コーチをはじめとする先輩方

今まで私たちの活動を見守ってくださり、支えてくださり本当にありがとうございました。私がここまでこれたのは紛れもなく先輩方からの教えや力があってこそです。時には厳しく様々なことを教えていただきました。自分が楽しい時も苦しい時も色々な話を聞いてくださり、一緒に考えてくださり本当にありがとうございました。自分自身学んだことをこれからの糧として生きていきたいと思います。

これから始まっていく98代のことも温かく見守って指導していただけると幸いです。

 

保護者の皆様

多くのご家族の方が大会を見に来てくださり、声援を届けてくださり、本当にありがとうございました。大学生とは言っても1/3ぐらいはまだまだ子供です。勝った時も負けた時もなにもかもうまくいかないときもいつでも味方でいてくれてありがとうございました。これからもぜひヨット部の活動を見守って頂けると嬉しい限りです。

 

家族へ

私がヨット部に入りたい、しかもマネージャーとしてとLINEで言ってきたときはびっくりしたでしょう。でも、ずっと応援をしてくれて4年間本当に心強い味方でした。片道2時間かけて帰ってきたと思ったら電車を3駅先まで寝過ごすことも、実家暮らしのくせに全く家には帰らないことも、久しぶりに帰ってきたと思ったら真っ黒になっていることも、忙しすぎるとLINEを返さなくなることも、本当にすみませんでした。

いつでも見守ってくれて、支えてくれてありがとうございました。祖父・祖母ともに大会が終わると「どうだったんや」と聞いてきて、口には出さずとも応援してくれてるのは何となくわかっていました。本当にありがとう。

これからは勉強頑張ります。

 

後輩へ

口下手で人とはあまりうまく話せず、ついぶっきらぼうな言い方になることもある染矢陽日葵でしたが、部員に頼られるマネージャーになることが自分なりの目標でした。そういう人になれていたでしょうか。幸い少しは惜しまれながらも引退したため、少しはみんなに頼りにされていたのかなと思います笑

それぞれ個性のある新2・3・4年生。今までついてきてくれて感謝しています。そして、これからも心の底から応援してます。自分たちなりの色にそれぞれの代を染めて、死に物狂いで練習をしながら、ぜひこれからも暴れまわってください。

 

同期へ

本当に手のかかる人達でした。私も手がかかる一員でしたね。

伊井 あなたがいないと、今の97代ヨット部はなかったと思います。厳しく引っ張ってくれてありがとうレギ部長。

金子 後輩の中でも金子の存在に救われた人は多いでしょうね。なんだかんだ97代にはなくてはならない存在だったね。

英心 ヨットにだけはまじめでまっすぐで素直で後輩がついていきたいと思う人でした。最後まで1番艇として走ってくれてありがとう。

引地 色々ありましたが、あんなにうるさいスナイプの子供たちを引っ張ってくれて育ててくれてありがとう。最後に支援艇に乗れて引地の走っている姿を見れてこちらこそ嬉しかったです。

前田 人には言えない悩みがあるとは思えないくらいひたすらに前を向き続けて駆け抜けてくれてありがとう。主将の鑑でした。

和華子 あなたのその心と笑顔に救われた人は多いはず。私もたくさん頼りにしてました。最高のオアシスです。

瑞紀 いつも明るく笑顔を振るまきまくってたうちの元気印。大変なことも多かったと思いますが、ここまで粘り強く続けてくれてありがとう。

稜太朗 そのまっすぐな精神にはかなわないなと思うことも多かったです。九大ヨット部に色々な変化をもたらしてくれた一人でした。最後一緒に支援艇に乗れてなんか嬉しかったです。

野乃花 あなたがマネリーダーでよかった。たくさん一人で抱え込んできたと思います。でも、前を見て走り続ける背中はかっこよかったよ。

海里 最後までマネージャーというものに真面目に向き合ってきた海里を尊敬しています。心配性なうえ、色々抱えすぎそうになることもあったけど、ここまで一緒に来てくれてありがとう。

紗英 しっかりと確実に仕事をこなすところは同期としても学ぶことは多かったです。今までありがとう。

 

個性が爆発しすぎて、時には大好きに時には大嫌いになることもありましたが、私にとっては全員なくてはならない存在でした。97代としてヨット部にいれてよかったと思います。

 

長い気がするのでそろそろ締めくくろうと思います。

 

九大ヨット部の部員になれて、マネージャーになれて、97代になれて、遠征計画部長になれて、先輩方の後輩になれて、新2・3・4年生にとっての先輩になれてとても幸せな4年間でした。本当にありがとうございました。

 

私の最後のブログもここまで読んでいただき、ありがとうございました。自分の思いが少しでも伝わっていると嬉しいです。

 

失礼いたします。

 

九州大学前遠征計画部長

染矢陽日葵