こんにちは。主将の佐伯晴大です。
主将になって1ヶ月が経ちました。
この1ヶ月間は、組織をまとめる難しさと、自分の至らなさを痛感し続ける毎日でした。
振り返ってみると、僕がみんなに口うるさく伝えているのは「挨拶をしろ」「返事をしろ」「バースを走れ」そんな、小学生でも知っているような当たり前のことばかりです。
「もっと技術的なことを言ってくれ」「なんでそんな細かいことを?」
そう感じている人もいるかもしれません。
でも、僕がこれらにこだわるのには、明確な理由があります。
今日は、その“根拠”について話をさせてください。
僕の行動指針の原点は、中学時代のサッカー部にあります。
当時の顧問は、貴重な練習時間を削ってまで、地域清掃を徹底させる人でした。
正直、当時は納得がいきませんでした。「掃除でサッカーが上手くなるわけがない」「なんで今なんだ」と、不満を抱えながらゴミを拾っていました。
しかし、その意味を理解したのは、ある大事な試合の土壇場でした。
1−1で迎えた試合終了間際。
身体は限界を超え、思考も止まりかけていました。
「もう走れない」「誰かが行ってくれるだろう」
脳裏にそんな甘えがよぎった瞬間、なぜか身体が動き、ゴール前へと走り出していました。
その一歩があったからこそ、パスを受け、決勝ゴールをねじ込むことができた。
あとになって気づきました。
あの毎日のゴミ拾いは、単なる奉仕活動ではなかったのだと。
ゴミ拾いのような「地味で、誰も見ていなくて、やりたくないこと」をやる瞬間には、微かな心の葛藤があります。
その「ちょっと嫌だな」「面倒だな」という感情を理性で押し殺し、一歩を踏み出すこと。
それ自体が、苦しい局面で自分を動かすためのメンタルトレーニングだったのです。
これを今の九大ヨット部に置き換えて考えてみたいんです。
僕たちが目指す場所には、常に強豪と呼ばれる大学がいます。
彼らと僕たちの差はなにか。
正直、艇やセールの新しさ、装備の充実度という「物」の差はあるかもしれません。
でも、一番の差はそこじゃない。「練習の密度」だと僕は思っています。
よく観察してみるとわかりますが、強豪校だからといって、何か特別な、変わった練習をしているわけではありません。
ヨットの練習メニューなんて、どこもバリエーションは限られています。回航練習、スタート練習、コース練習……やっていることは僕らと同じです。
同じ練習をしているのに、なぜ結果に差が開くのか。
それは、「一本の動作、一回の練習にかける意識のウェイト」が違うからだと思います。
彼らは、練習の中のたった一回のタック、一回のジャイブに、レース本番と同じ緊張感を込めている。
「ただの反復練習」としてやるのか、「レースの勝敗を分ける一本」としてやるのか。
その意識の差が、1年、2年と積み重なって、埋められない実力差になります。
では、どうすればその「高い意識」を持てるようになるのか。
そこで重要になるのが、最初のゴミ拾いの話である日常の行動です。
日常の些細な「面倒」に打ち勝てない人間が、練習のしんどい場面で、自分を追い込めるはずがありません。
「挨拶」「返事」「バースダッシュ」を徹底するのは、これらが単なるマナーだからではなく、「気持ちが乗らない時でも、当たり前の基準を下げない」という訓練だと考えているからです。
とはいえ、偉そうなことを言っていますが、僕自身もこれが完璧にできているわけではありません。
「今日は疲れているから挨拶は適当でいいか」「バース走るのしんどいな」
正直に言えば、そんな甘えが出そうになる自分と毎日戦っています。いきなり聖人君子のようになれるわけじゃない。それは僕もみんなと同じです。
だからこそ、まずはヨットに関係のない、本当に小さなことから意識してみませんか。
例えば、家に帰ってからの洗濯や、食後の皿洗い。
「面倒くさいな、後でやろうかな」
そう思った瞬間こそが、メンタルを鍛えるチャンスです。
誰も見ていない家の中で、その「面倒」に打ち勝って体を動かす。
そのたった一回の皿洗いが、練習の質を変え、レース終盤の「あと一回のタック」を支える力になると僕は本気で思っています。
強いチームは、例外なく日常の基準が高い。
僕たちはもっと強くなれるし、強豪校とも渡り合えるポテンシャルがあります。
装備の差はすぐには埋まらないかもしれないけれど、意識の差は、今日この瞬間から埋めることができます。
まずは今日の帰り道、家での時間から、自分の心に湧く「ちょっと面倒」という感情に勝ってみてください。
その小さな勝利の積み重ねだけが、全国の海で僕たちの背中を押す力になります。
僕も変わろうと努力します。だから、ここから一緒に積み上げていきましょう。
来年、全員で胸を張って結果を掴み取るために。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
失礼致します。